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東京地方裁判所 昭和46年(行ウ)163号 判決

東京都目黒区上目黒五丁目一三番九号

原告

下村キク

右訴訟代理人弁護士

内谷銀之助

東京都目黒区中目黒五丁目二七番一六号

被告

目黒税務署長

市川孝一

右訴訟代理人弁護士

横山茂晴

右指定代理人

室岡克忠

新保重信

管野俊夫

大西亨

右当事者間の標記事件について当裁判所は次のとおり判決する。

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の申立

(原告)

一  被告が原告に対して昭和四五年三月五日付でなした昭和四二年分所得税の更正処分(再更正処分により減額された後のもの)及び過少申告加算税の賦課決定処分を取消す。

二  被告が原告に対して昭和四五年三月五日付でなした昭和四三年分所得税の更正処分(裁決により一部取消された後のもの)のうち、課税総所得金額三、七九五、〇〇〇円を超える部分及び過少申告加算税の賦課決定処分を取消す。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

(被告)

主文同旨

第二当事者の主張

(原告の請求原因)

一  原告は、神奈川県川崎市駅前本町二二番地の一において城南予備校及び川崎英語学校を経営する者であるが、被告に対し昭和四二年分及び昭和四三年分の所得税に関して次表のとおり確定申告あるいは修正申告(両年分の申告とも青色)をなしたところ、同表記載の増額更正および過少申告加算税決定の各処分(以下右各処分を一括して「本件各更正処分」または「本件更正処分」という。)を受け、同表記載の経緯でこれに対する行政不服申立手続を経由した。

(昭和四二年分)

〈省略〉

(注) 更正すべき理由のない旨の通知に対する審査請求の裁決は、更正に対する審査請求とあわせて審理されて裁決がなされている。

(昭和四三年分)

〈省略〉

〈省略〉

二 しかしながら、本件各処分は違法であるからその取消を求める。

(被告の認否)

一  請求原因一は認める。

二  同二は争う。

(被告の主張――本件課税処分の根拠)

原告の係争各年分における所得金額算出根拠は次のとおりであり、本件各処分はいずれもその範囲内であるから適法である。

(昭和四二年分)

総所得金額六、九七八 三八五円

右の総所得金額の計算内訳は、次表のとおりである。

〈省略〉

〈省略〉

(昭和四三年分)

総所得金額一一、九二六、六八一円

右の総所得金額(事業所得のみである。)及び課税される所得金額の計算の計算内訳は、次表のとおりである。

〈省略〉

〈省略〉

(被告の主張に対する原告の認否及び反論)

一  認否

1 原告の昭和四二年分の総所得金額について被告がなした更正処分の計算内訳はすべて認める。

2 原告の昭和四三年分の総所得金額について被告がなした更正処分の計算内訳のうち、旅費交通費一、二六四、六一一円及び広告宣伝費七、三三三、六五一円、雑損控除としての二、〇〇四、五〇五円を争い、その余の内訳はすべで認める。

二  反論

1(昭和四二年・四三年分)

原告は昭和四二年・四三年分の所得税の確定申告は青色の申告書で提出した。

しかるに、被告からうけた本件各更正処分の通知書には理由が附記されていなかった。もっとも若干の理由らしき記載はあるにはあるが、法が青色申告を更正する場合に附記を要求している趣旨からすれば、本件各更正通知の理由は附記がないのと同程度の理由不備の違法があるというべきである。

2(昭和四二年分)

被告は、原告の昭和四二年分の事業所得算定につき一一、七五三、九七四円の雑損があるのにこれを否認したが違法である。

すなわち原告はかねてより訴外国際時計株式会社(以下「国際時計」ともいう。)の債務を保証していたが、これは昭和三四年八月頃原告の経営する川崎英語学校の校舎を新築する際、同訴外会社より建築資金を借用したことがあり、また、原告及び夫豊治が同訴外会社の取締役又は代表取締役をしていた関係上保証をせざるをえない立場にあったからである。

しかるに、国際時計が昭和四二年倒産のやむなきに至ったところ、原告は同会社の代表清算人の地位にあったことから原告に対する債権者の追及は必至であり、債権者との間でなんらかの示談をしなければ、原告の経営する川崎英語学校の経営までも破綻するおそれがあった。そこで原告は、右保証債務履行のため原告の実質的所有に属する建物(東京都渋谷区代々木一丁目三五番一四号所在)を譲渡したうえ、訴外会社の債務一一、七五三、九七四円を弁済した。

ところで、所得税法五一条二項によれば、事業所得を生ずべき事業についてその事業の遂行上生じた売掛金・・・・・その他政令で定める事由により生じた損失の金額は事業所得の金額の計算上必要経費に算入されるとし、同法施行令一四一条二号によれば、所得税法五一条二項に規定する政令で定める事由には、事業所得を生ずべき事業の遂行上生じた保証債務の履行にともなう求債権の全部又は一部を行使することができないこととなった場合が含まれる。

そして、前記のとおり、原告が国際時計のために川崎英語学校の代表者として負担した保証債務は同学校の事業遂行上生じたものであり、かつ、同訴外会社が倒産したことにより保証債務の履行による求償権の行使は全く不能になったのであるから、前記一一、七五三、九七四円は原告の事業所得の金額の計算上必要経費に算入されるべきものである。

3(昭和四三年分)

(一) 旅費、交通費 四八〇、〇〇〇円

原告の夫豊治、西田元の両名は別表一のとおり視察をした。調査事項は学校の設備状況、生徒指導法等である。下村豊治らの調査は視察先の学校理事等幹部に対し正式に面接するという形式でなかったため、当該各学校側で気付かなかったことがあるかもしれないが、右下村ら両名は、視察先の現場の従業員、生徒等と面談もしているのである。従って 右調査のために要した旅費交通費四八〇、〇〇〇円(内訳別表二)は必要経費に当るというべきである。

(二) 広告宣伝費 八八〇、〇〇〇円

右費用は学校生徒募集の際に謝礼として支出したものであるから必要経費に当るものである。

(三) 昭和四二年分において主張したと同様、原告は昭和四三年分においても国際時計の保証債務弁済により同会社に対する二、〇〇四、五〇五円の求償権が行使不能となった。よって右金額は事業所得の金額の計算上損金として必要経費に算入されるべきである。

(原告の反論に対する被告の再反論)

一  更正の理由附記について

1 所得税に関する処分で理由附記を要求されているものは、青色申告の承認の取消(所得税法一五〇条二項)、青色申告者に係る更正(同法一五五条二項)、異議決定(国税通則法八四条五項)、並びに審査請求についての裁決に限られているのであるから、更正の請求に対して、更正をすべき理由がない旨の通知に理由附記がないことが直ちに違法であるとする原告の主張は、法律上の根拠を欠き明らかに失当である。

2 原告の昭和四二年分の事業所得についての主張は、被告のなした更正処分には事業所得の計算上必要経費に算入すべきである資産損失一一、七五三、九七四円を必要経費に算入しなかった違法があるということに帰するもののようであるが、原告は、右の損失を必要経費として申告したのではなく、雑損控除として申告したのであるから、被告の更正において右の損失を必要経費に算入しない理由を示す必要はいささかもない。

3 原告は、昭和四三年分について、被告のなした更正処分には旅費・交通費四八〇、〇〇〇円、広告宣伝費八八〇、〇〇〇円を必要経費に算入しなかった違法があると主張するところ、右更正事項については、それぞれ左記のとおり十分な理由を附記していたのであるから何ら理由附記不備の違法は存しない。

昭和四三年分

旅費・交通費 △四八〇、〇〇〇円

広告宣伝費 △八八〇、〇〇〇円

上記金額は決算修正にて一括計上されていますが 具体的事実がなく、必要な経費とは認められませんので減算します。

4 また、昭和四三年分については事業所得のほか雑損失の繰越控除一四、七四四、七五五円及び雑損控除二、〇〇四、五〇五円を否認したが、右事項については以下に述べるとおり理由附記を要求されていないものである。

所得税法一五五条二項の「理由の付記は、法定の帳簿書類の記載に基づいて計上されるところの青色申告書提出承認のあった所得について、更正のあった場合に限られるべきは当然であって、青色申告に対する更正であっても、それ以外の部分に関する場合には、白色申告に対する更正と同様に処理されれば足りるものと解するのを相当とする(最高裁第三小法廷昭和四二年九月一二日判決、訟務月報一三巻一一号一、四一八頁)。」とされているのである。

雑損失の繰越控除額は、総所得金額計算に、また、雑損控除は、課税総所得金額計算に当り控除するものであり、事業所得の計算上控除するものではないから理由附記を要しないものである。

二  昭和四二年分の事業所得算定上控除一一、七五三、九七四円が認められないことについて

原告は昭和四二年分の所得算定上雑損として一一、七五三、九七四円が存在するとして次の如く主張する。

すなわち原告は訴外国際時計の債務を保証していたところより保証債務の履行として原告が所有していた渋谷区代々木一丁目三五番四五号所在の建物を譲渡し 同訴外会社の債務を弁済したところ同訴外会社はその後倒産したので同訴外会社に対する求償権の行使ができないこととなったものであるから、所得税法六四条二項により原告の弁済金額に相当する二〇、七五三、九七三円は総所得金額から控除されなくてはならないというものである。

しかしながら、原告が保証債務履行のために譲渡したという前記建物は、原告が代表取締役となっている東京都渋谷区代々木一丁目三五番地株式会社くるみ荘(現在は、渋谷区神泉町一六番二号に本店が移転し、商号は株式会社企業経営マネジメントと変更している。)が所有していたものであって原告の所有するものではなかったのであるから同建物を譲渡し保証債務の弁済をなしその求償権が取立不能となったとしても、原告の所得計算にはなんら関係がないものというべきである。

三  昭和四三年分旅費交通費四八〇、〇〇〇円

右金額について原告は、下村豊治及び西田元の両人が、各学校視察の際の運賃、宿泊費として原告が必要経費に算入した金額であると主張する。

しかしながら、右の視察について、視察学校ごとの具体的調査事項及び視察日程又は面接者等視察の事実ないし具体的内容を明らかにする記録はなく、かつ、原告が申立てた視察先について右両人が当該学校を視察したという事実は認められないため、被告は必要経費算入を否認したものである。

四  昭和四三年分広告宣伝費八八〇、〇〇〇円

右金額について原告は、生徒募集の際の謝礼であるから、必要経費に算入されるものであると主張する。

しかしながら、原告備え付けの帳簿書類には、右支出の具体的内容(支払日、支払先、支払金額等)の記録はなく、かつ、支払の事実が認められないものである。

五  昭和四三年分における保証債務履行による求償権行使不能を理由とする雑損算入の主張については、昭和四二年分において述べたと同様の理由により原告の主張は失当である。

第三証拠関係

(原告)

一  甲第一ないし第三号証、第四号証の一ないし一二、第五、六号証の各一ないし三、第七号証、第八号証の一ないし一五、第九号証、第一〇号証の一ないし六、第一一、一二号証、第一三号証の一ないし五、第一四号証の一ないし三、第一五、一六号証の各一、二、第一七、一八号証、第一九号証の一ないし三、第二〇号証、第二一号証の一、二、第二二号証の一ないし二〇、第二三ないし第二七号証

二  証人下村豊治の証言

三  乙号証の成立はすべて認める。

(被告)

一 乙第一ないし第二七号証

二 甲第二号証の成立、第三号証の原本の存在並びに成立は認める。その余の甲号証の成立は不知。

理由

一  請求原因一は当事者間に争いがない。

二  そこで本件各更正処分の適否につき検討する。

(昭和四二年分)

被告主張の右係争年分にかかる総所得金額の計算内訳は当事者間に争いがない。そこで原告主張の違法事由の有無について判断する。

1  理由附記の違法の有無について

成立に争いのない乙第二六号証の記載によれば、被告のなした昭和四二年分所得税の更正については所定の理由附記のあることは明らかであり 何ら違法のかどは見出せない。

原告の主張は帰するところ、後記にかかわる雑損控除についての理由不備をいうものと解される。しかし、原告の主張する右雑損控除は、弁論の全趣旨によれば、係争年分の確定申告においてではなく、被告に対する昭和四三年五月一五日付の更正の請求において初めて明らかにされたものであり、そして、被告は右請求に対し同年五月二八日付をもって更正すべき理由のない旨の通知をなしているところ、右通知については、その理由を附記すべき明文の根拠もないから、この点についての原告の主張は理由がない。

2  保証債務の履行により生じた事業上の貸倒損失について

所得税法五一条二項 同法施行令一四一条二号所定の保証債務の履行に伴う債権の全部または一部を行使することができないこととなったことにより生じた損失が必要経費に算入されるためには、当該貸倒債権の発生原因たる保証債務の履行が事業所得を生ずべき事業の遂行に関連してなされたものでなければならないことは前記法条に照らし明らかである。

しかるに、原告の主張によれば、原告が国際時計の債務を弁済しなければ同社の債務を保証した原告に対する債権者の追及が必至であり、そうすれば川崎英語学校の経営が破綻するおそれがあるからやむなく保証債務の履行をなしたというものであるが、右は原告が債務の弁済をするについての主観的動機にすぎず、債務の履行が、同学校経営の業務の遂行上いかなる関連を有するのか明らかとはいえないのである。(本来、原告の右保証債務の負担行為自体学校経営業務の遂行と如何なる関係があるのかも不明である)。

のみならず、証人下村豊治の証言によると、右保証債務の弁済は、その大部分を原告が別途経営する株式会社くるみ荘所有の建物及び原告の夫豊治所有の土地を売却してこれを履行したものであることが認められる。

以上の事実関係からすると、本件保証債務の履行による求償権が、国際時計の倒産により取立不能となったとしても、原告の事業所得の計算には何ら影響がないものといわざるをえない。

してみれば、原告の主張する本件保証債務につきなした弁済額等その余の点に関し審究するまでもなく、被告の必要経費算入否認を違法とする原告の主張は失当というべきである。

(昭和四三年分)

係争年分について被告の主張する総所得金額及び被課税所得金額の計算内訳のうち、旅費交通費、広告宣伝費以外の項目については当事者間に争いがない。そこで原告主張の違法事由につき検討する。

1  理由附記の違法の有無について

成立に争いのない乙第二七号証の記載によれば、被告のなした昭和四三年分の所得税の更正については、原告の争う旅費交通費、広告宣伝費に関し、「上記金額は決算修正にて一括計上されていますが、具体的事実がなく必要経費とは認められませんので減算します。」とあることが認められ、右記載をもって理由附記としては十分であると解される。よって原告の主張は失当である。

2  旅費交通費及び広告宣伝費の否認の当否について

(一) 旅費交通費

原告は、夫豊治と西田元の両名が別表一のとおり各学校視察のため旅行をしたと主張するが、原告は青色申告の承認を受けている者であるにかかわらず、川崎英語学校の業務上右旅費を支出したことを認めるに足りる記帳をしていないし、またその他の資料を有していないばかりでなく、成立に争いのない乙第一ないし第二三号証の証載によれば右下村豊治らの学校視察そのものが原告主張の日時になされたものかどうかにつき疑問を抱かざるをえないこと等にかんがみると、被告が右費用を必要経費に算入することを否認したことには何ら違法はないというべきである。

(二) 広告宣伝費

右費用についても、原告においてこれを支出したと認められる記帳をしていないし、またその他の資料も存しないので、結局右費用を支出したものとは認めるに足りない。よって、被告が右金額について必要経費に算入することを否認したことには何ら違法はないというべきである。

3  原告は以上のほかに加えて、昭和四三年分においても国際時計の保証債務履行による求償権行使不能を理由として二、〇〇四、五〇五円が損金として必要経費に算入されるべきであると主張するが、右主張の理由のないことは昭和四二年分において説示したと同様であるから右主張は採用しない。

三  以上の次第で本件各更正処分には原告の主張する違法事由はいずれも認められないので 同処分の取消を求める本訴請求はいずれも失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担については民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 山下薫 裁判長裁判官内藤正久は転補のため、裁判官飯村敏明は海外出張のため署名捺印することができない。裁判官 山下薫)

別表一

〈省略〉

別表二 昭和43年出張費内訳

〈省略〉

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